5回目となった「ナースのキャリア図鑑」は、2026年5月10日(日)に開催しました。
誰しも「次はどうしよう」「看護師向いていないのかな」と考えたり、「もう看護師をやりたくない」と思う時期があったりするのですが、いろいろな働き方をしている看護職がいると知ることで道が開けることもあるのではないかと思います。
その情報源になるよう企画した「ナースのキャリア図鑑」。
学生や若い世代に、自分らしいキャリアの作り方や、楽しく働くコツを知ってもらいたいと思い、年に2回、この「ナースのキャリア図鑑」を開催しています。
ナースのキャリア図鑑 vol.4
MC
高橋亜由美 / 看護師・保健師
大学病院ICUで5年勤務後、派遣登録して短期や単発バイト、透析クリニック、訪問看護、人工呼吸器特化の病院を経て、現在は、重症心身障害児・医療的ケア児のデイサービスで週4の常勤勤務をしつつ、2021年にNPO法人あえりあを立ち上げた。
成田真唯 / 看護師・助産師
看護師として2年間NICUを経験し、現在は助産師として総合病院の産婦人科に勤務する。将来の夢はお産ができる助産院を開業すること。
ゲスト
渡部益実 / 助産師・看護師・保健師
助産師13年目。多くの母子と関わる中で病院だけでは届けきれないケアがあることに葛藤し、病院勤務を続けながら2024年に開業。骨盤軸整体を通して産前産後のままの心身をサポートすると共に、「自分を大切にする力を育てる生教育」をテーマに生教育講師として活動中。
綿貫大智 / 看護師・大学教員
札幌市内の急性期病院で3年勤務後、公衆衛生大学院へ進学。時には保健所勤務、時には企業のプロジェクトに医療班・感染症対策班として参画。その後東京にて訪問看護師として勤務し、現在は大学教員として教育・研究に携わっています。博士課程にも在籍し、人々の健康に影響を与える社会的要因について探求中です!
能正聖未 / 看護師・手術看護認定看護師
「関東に住んでみたい…!」という憧れから関東圏の大学病院へ就職。学生時代の実習をきっかけに手術室への配属を希望し、5年間の実務経験を経て手術看護認定看護師資格を取得。
現在は地元の大学病院の手術室に勤務。新卒から一貫して手術室で働きながら、学会・研究会活動や看護学生との交流も楽しんでいます。
トークライブ

高橋:看護師・保健師の資格を持ってますが、保健師を使ったことなく、週4の常勤で看護師勤務もしながら、 NPO法人あえりあの活動をしています。
成田:あゆみさんと学生の時に障害者の介護の有償ボランティア活動を通して出会い、あゆみさんの活動をちょっとずつお手伝いさせてもらって、前回の「ナースのキャリア図鑑」から MC を一緒にやらせてもらっています。
髙橋:私自身、20代後半に看護師辞めようかなと思った時期がありました。
その時、派遣で介護施設やデイサービス、大学のインストラクターなど、いろんな働き方を経験したことで、「あれ、なんかやっぱり看護師楽しいかも」「働き方もいっぱいある」ということを初めて知ったんです。
【看護師は、こうじゃなきゃいけない】に捉われがちで、大きい病院にいると「そういうものなんだろうな」と思ってしまうかもしれませんが、そうではない人もたくさんいるんだと初めて知りました。
看護師になると決めて看護学校や大学に行って、最初に働いた科が自分に合わない、夜勤の働き方や人間関係が合わないなど、いろんな合わないことがあると、「自分は看護師向いてないんだ」と辞めてしまう人たちがたくさんいます。
だからこそ、学生さんや若手の看護師にいろんな看護職を知ってもらい、自分なりの楽しみ方や自分なりの看護師という資格の活かし方を見出してもらえるといいなと思って、この「ナースのキャリア図鑑」を年に2回開催してます。
1.兼業助産師として働く 渡部益実さん

成田:私の職場の先輩で、病院で働きながら自分で開業もされている助産師さんです。
渡部:手稲渓仁会病院の産科病棟で助産師として働きながら、 2024年に自分で開業もしました。助産師13年目になります。夜勤ありのフルタイムで病棟で働きつつ、個人では妊婦さんや産後のお母さんへの訪問ケアを行っています。「骨盤軸整体」という産前産後専門の骨盤ケアを通して、身体のメンテナンスやケアを行っています。性教育の講師もしているので、トリプルワークで働いています。
成田:病棟でお産に関わりながら、夜勤前に講師のお仕事をしている日もあるくらい、本当にパワフルな働き方をされています。
助産師になったきっかけ
私が助産師を目指したきっかけも、こういう「看護の日」のイベントでした。
当時、すごく信頼している先輩が助産師を目指していて、その先輩と一緒にイベントに参加しました。
現役の助産師さんたちのお話を聞いて、「私も助産師になりたい」と直感的に思ったんです。
だから、こうして学生さんがたくさんいる場で、自分が話をしていると、「あの時は、自分が話を聞いていた側だったな」と、すごく感慨深い気持ちになります。
私は青森県の弘前大学で、4年間で看護師・助産師・保健師の3つの資格を取得しました。現在は、3資格を同時に取得できる大学はかなり少なくなっていて、基本的には看護師資格を取得した後に、助産師学校や大学院などの専門機関で学ぶケースが主流になっています。
なぜ病院以外の働き方に興味を持ったのか

助産師7年目の時に、分娩や妊婦さん・産後のお母さん、赤ちゃんのケア、リーダー業務など、ある程度経験させてもらう中で、改めて「助産師って本当に幅広い仕事だな」と感じるようになりました。
乳房ケアに特化した助産師さんや、自宅出産を支えている方、性教育をされている方など、本当にいろんな専門性があるんですよね。
そんな中で、「私はこれから、どんな助産師人生を歩んでいきたいんだろう」と、漠然と悩むようになりました。
助産師の仕事自体は本当に好きで、「一生続けたい」と思うくらいやりがいも感じていたんです。
でも同時に、「このままずっと病院で働くだけでいいのかな」 という思いもありました。
そこで、全国の助産師さんの働き方をたくさん調べる中で出会ったのが「骨盤軸整体」をしている助産師さんたちです。
実際、病棟で関わる妊婦さんや産後のお母さんたちからは、「腰が痛い」「恥骨が痛い」「骨盤が変な感じがする」という声を本当によく聞いていました。
出産は“全治3ヶ月の交通事故”と言われるくらい身体への負担が大きいのに、十分に回復しないまま育児が始まるんですよね。
お母さんたちの中でもそれが当たり前になっていて、妊娠中も「骨盤ベルトをとりあえず巻いて何とかしのいでます」というお母さんが本当にたくさん多いです。
当時の私は知識もなくて、「つらいですよね」「骨盤ベルトで様子見ましょうか」と、その場で共感することしかできず、ずっともどかしさを感じていました。
「妊娠したら仕方ない」「産後は身体がつらくて当たり前」と、こどものために、頑張るお母さんたちが多いですが、もっと自分に目を向けていいんだよということを、身体のケアも通して伝えていけたらいいなと思ったことが、「骨盤軸整体」で開業した始まりです。
助産師としてのやりがい
たくさんありますが、一番はやはり、新しい命が誕生する瞬間に一番近くで関われることだと思います。
病院勤務ならではかもしれませんが、現場で働くほど、「お母さんも赤ちゃんも無事に出産を終えられることは、本当に奇跡の連続なんだな」と感じます。
もちろん責任は大きいです。
でも、その瞬間に立ち会わせてもらえることの尊さ、人生のかけがえのない時間に寄り添わせてもらえていることは、助産師として大きなやりがいだと感じています。
ただ、病院の中だけでは届けきれないケアに、もどかしさを感じていて、開業という道を選びました。
助産師も看護師も、本当に働き方が幅広い職業だと思っています。
だからこそ、「自分はどんなケアを届けたいのか」「どんな人のために、自分の知識やスキルを活かしたいのか」 を考えながら、自分らしい働き方を極めていけるのも、この仕事の魅力の一つだと思いますね。
学生のうちにやっておいてよかったこと

大学3年生に上がるタイミングで、助産師の専攻科に進むための試験がありました。
35人ほど希望者がいる中で、枠は8人ほどしかなく、もし落ちたら卒業後に別の学校へ入り直す必要があったので、その時は本当に必死に勉強しました。
でも今振り返ると、学生時代にしかできないことは、たくさんあると思います。
「自分が心ときめくこと」 を大切にしてほしいと思います。
看護師や助産師を目指して進学しても、「なんか違うかも」 と思うこともあるかもしれません。
でも、本気でやりたいことが見つかったなら、方向転換することも全然悪いことではないと思うんです。
その時に出会った人や言葉が、自分の価値観や人生観を動かす瞬間があると思うので、「この大学に入ったからこうしなきゃ」 と思い込みすぎずに、学生の今だからできることを柔軟に楽しんでほしいなと思います。
成田:私の場合は、YOSAKOIをしていたり、海外や国際協力に興味があったので、学生時代に海外ボランティアへ行っていました。社会人になると、まとまった時間を取るのも難しくなるので、学生のうちに経験できてよかったなと思っています。
高橋:学生時代は部活漬けでした。看護師になってからは、勤務のない日に、「パーソナルアシスタント(PA)制度」という、重度訪問介護を利用している障害のある方たちが対象で、国の制度だけだと足りないところを、資格がない人もヘルパーみたいなことができる札幌市独自の有償ボランティアの制度で、介助者をしてきました。
その時に、学生だった成田さんとも出会ったんです。ちょっとしたきっかけや出会いが、その後の人生につながっていくことってあるんだなと思います。
みなさんへのメッセージ
助産師という人生を選択できて、本当に良かったなと思っています。
たくさんの素敵な出会いやご縁があって、今こうして助産師として生きている自分を「いいな」と思えています。
何を選択するかは、最終的には自分自身なんですよね。
だから皆さんにも、自分で決めた選択を信じて進んでほしいなと思います。
もちろん、途中で自信がなくなったり、迷ったりすることも絶対あると思います。
「親が喜ぶから」「こっちの方が安心だから」「誰かにこう言われたから」
そういう周りの言葉や価値観に揺れることもあると思います。
でも、そんな時こそ、「自分は本当はどうしたいんだろう」という気持ちを大切にしてほしいなと思います。
たとえうまくいかなくても、後悔しても、また自分で選び直せばいい。
自分の人生の舵を取れるのは、自分自身だと思うんです。
看護師になるのか、助産師になるのか、それ以外の道なのか、いろんな働き方がある中で、「やってみたい」「ワクワクする」という気持ちを大切に進んでいってほしいです。
異色の経験を重ねてきた綿貫大智さん

大学卒業後は3年間病棟で看護師として働き、一度病院を離れて、公衆衛生を学ぶために医学部系の大学院へ進学し、ちょうどコロナ禍だったこともあり、保健所の在宅医療部門や、番組撮影時の感染対策担当として働く機会もいただきました。
公衆衛生の修士号を取得したのちは、東京で訪問看護も経験しました。
将来的には研究や教育に携わりたい思いがあって、北海道科学大学で看護学の助教として勤務して3年目になります。看護師8年目になりますが、その時にいただいたご縁や、自分が「やりたい」と思ったことを、貪欲にやってきた感覚がありますね。
高橋:看護師というと、病院や訪問看護のイメージが強いかもしれませんが、公衆衛生や研究、教育の分野など、本当に幅広い分野で活躍されている方がいるんですよね。
コロナ禍だからこその経験
保健所の在宅医療部門では、患者さんの体調確認だけではなく、
- 自宅療養中の方への往診調整
- 入院調整
- 経口治療薬の配分
- 医療機関や薬局との連携
など、公衆衛生の現場に近い業務に携わり、優先的に入院が必要な患者さんについては、直接交渉に行くこともありました。
経口治療薬が導入された時には、承認手続きや医療機関や薬局と連携しながら、治療薬の配分調整なども行なっていました。
また、大学時代にお世話になった研究者の方から声をかけていただき、テレビ番組や動画配信の撮影現場での感染対策業務も経験しました。
- PCR検査結果の管理
- 感染対策ルールの作成
- 医療班としての対応
など、今振り返っても、一番忙しい時期だったと思います。
なぜ公衆衛生の道へ進んだのか

もともと大学時代から研究に興味があって、卒業研究をする中で、「いつか大学院に行って研究してみたい」と思っていました。
ただ、「何を学ぶか」を考えた時に、大学時代に出会ったアメリカで研究をしている方が公衆衛生の大学院を出ていたんです。
単純に、「この人かっこいいな」と思ったのが、最初のきっかけでした(笑)
もう一つは、研究のスタイルですね。
もともと数学やデータ分析が好きで、当時、統計やデータ分析を本格的に扱っている人は、まだ少ない印象があって、 「この分野をしっかり学びに行こう」 と思ったんです。
大学院選び
学部や学科というよりも、「自分が何に興味を持っているか」を考えることが大事だと思っています。
僕は医学部の公衆衛生でしたし、友人には生命倫理を学ぶために文学部の大学院へ進んだ人もいます。
「その分野の研究をしている先生のもとへ行く」というのが大学院選びの最初の軸になるかなと思います。
看護師だからといって、必ずしも看護系の大学院に進まなければいけないわけではないんです。
行政・企業・医療、それぞれの働き方の違い

行政は、とにかく“縦社会”でした。
マニュアル化が徹底されていて、コロナ禍では他部署から来た職員の方でも、半日ほどマニュアルを読めば現場が回る状態になっていて、「ここまで仕組み化されているんだ」と驚きました。
その一方で、意思決定にはかなり時間がかかりますし、「担当外のことはできません」という文化も強く、必要性を感じても柔軟に対応できない場面には、もどかしさも感じました。
ただ、福利厚生の充実はかなり魅力的でしたね。
企業での仕事は、テレビ番組や配信現場の感染対策業務でした。
正直、かなりブラックでした(笑)
朝5時に現場入りし、撮影終了が深夜になることも珍しくなかったです。
トップダウンの文化が強く、「上の指示は絶対」という空気の中で動く場面も多く、僕はここでは働けないなと思いました。
ただ、企業ならではのスピード感や資金力には驚きました。
「必要性をきちんと説明できれば、対策にしっかり予算をかけてもらえる環境」です。
病院では難しい規模の感染対策が、企業では実現できる場面もありました。
自分で企画し動かしていきたい人には、企業という働き方も一つの選択肢としていいなと思います。
病院経験が、他の働き方で活きたこと

一番大きかったのは、関係性を作る力だと思います。
患者さんへのケアでも、まずは相手との関係性を作るところから始まりますよね。
行政でも企業でも、すでに出来上がっているチームの中に後から入っていくことが多かったので、看護師として自然にやっていたコミュニケーションの取り方がすごく役立ちました。
企業や行政には、それぞれ独特の言葉や文化があります。
お互いに認識がずれたまま話が進んでいる場面もあり、そこを噛み砕いて整理したり、間に入って伝えたりすることも多かったです。
「どう説明したら伝わるか」「相手に合わせてどう関わるか」
そういうことを看護師は日頃から自然にやっていると思います。
看護師として培ったコミュニケーション力や関係構築力は、どんな場所でも活きると感じました。
みなさんへのメッセージ
いろんな働き方をしてきましたが、学生時代にお世話になった先生から、
「自分が生きたい人生を生きるために、看護師免許を使いなさい」という言葉をずっと言われてきました。
看護師免許も保健師免許も、あくまで“資格”なんですよね。
もちろん、その仕事に面白さを見出して、スペシャリストとして一つの道を極めていくのも素敵な生き方だと思います。
でも逆に、「一度離れても、また戻ってきてもいい」というのも、この資格の強みだと思っています。
資格があることで、自分の力で生活を支えられるというのは、すごく大きなことだと思うんです。
だからこそ、「自分は何に価値を置いているんだろう」と改めて考えることが大切なんじゃないかなと思っています。
今はSNSなどで、どんどんキャリアアップしている人たちを見る機会も多いですよね。
でも、キャリアを積み上げていくことだけが幸せとは限らないと思うんです。
上を目指し続けるというより、「自分に合う場所を見つけていく」という考え方も、これからの働き方としてすごく大事なんじゃないかなと思っています。
手術看護認定看護師 能正聖未さん

大学病院の手術室で働いていて、今年で15年目になります。
関東の病院で勤務したのちに、札幌に戻ってきました。
就職活動で関東を選んだ動機はかなり単純で、「アフターファイブにディズニーランドへ行きたい」その一心で、絶対に北海道を出ようと思っていました(笑)
夜勤前にディズニーへ行ったり、夜勤明けで閉園まで遊んで、エレクトリカルパレードで寝ていたこともありました(笑)
“ブラックボックス”だった手術室への興味
手術室を希望したきっかけは、学生時代の実習でした。
患者さんを車椅子で移送している時に、「手術室が見えないようにしてほしい」と言われたことがありました。
その時、「手術室は患者さんにとってどんな場所なんだろう」とすごく気になりましたが、当時の私には、その背景にまで考えが及ばず、なぜ患者さんがそう思ったのかを聞くことまではできませんでした。
実際の手術室実習では、一緒に実習へ行ったクラスメイトが体調を崩してしまって、付き添っていたらほとんど手術を見られなかったんです。
だから逆に、「何をしている場所なんだろう」 という興味が強くなって、就職活動の際には“見学できるチャンスだ”と、いろんな病院の手術室を希望しました。
“組織人タイプ”だった自分

5年目頃に、「病棟も経験してみたい」と思った時期もありました。
でも大学病院は、1つの部署に所属している看護師の人数が多いため、異動希望を出しても、なかなか順番が回ってこないんですよね。
「自分の順番が回ってくるのは、何年後なんだろう」と思いました。
でもその時に「じゃあ辞めて別の場所へ行こう」 とは、あまり思わなかったんです。
当時、“キャリアアンカー”という診断をやってみた時に、自分は“根っからの組織人”タイプだったんですよ(笑)
「大きな組織に所属していること自体が、私にとっては安心なんだな」とその時に気づきました。
認定看護師への挑戦
認定看護師は、一定年数の看護経験と、その分野での実務経験が必要だったので、「この組織で積み重ねていくなら、認定を目指そう」と思いました。
実は当時、周りにも「認定看護師を目指します」 と宣言してしまっていて(笑)
「言わなきゃよかったかな」 「自分の首を絞めてるな」と思いながら、教育課程へ進みました。
教育課程では、北海道から沖縄まで、全国から、“手術看護が好き”という熱量を持った人たちが集まっていて、本当に刺激的でした。
認定取得後も、全国の同期たちと情報交換を続けながら、学会は同窓会みたいな感じです(笑)
就活の病院選びの段階から、「もしも認定取得を目指したいと思ったら、この病院は助けてくれるのかな」というところも気にしていたので、学費補助や給与保証など、教育支援制度が整っていたおかげで、働きながら学びを深められたと思います。
“管理”との出会い

認定看護師を取得後、ちょうど看護師7年目頃に「副師長をやってみないか」という声をかけていただきました。
「認定を取ったばかりなのに、次は看護管理か…」と思いましたが、組織人的な自分が「きっと断らない方がいい」とどこかで思っていたんですよね。
面接では「副師長になったら、こういうことをします!」と、そういうこと宣言するのは得意だったので(笑)、また自分で自分の首を絞めてるなと思いました。
現在は、北海道大学病院で看護管理にも携わりながら特定行為研修も修了し、麻酔科医と連携した術中管理にも関わっています。
病棟へ行きたいなと思ったことは何度もありましたが、結局いつも手術室配属でした。
“手術室に行くと病棟へ戻れない?”という不安
病棟と手術室は、業務内容がかなり違いますね。
手術が少ない土日に病棟の応援へ行くこともあるんですが、「やっぱり違うな」と感じることは多かったです。
「感染ゴミはどこに捨てるんだろう…」と病棟を彷徨ったこともあります(笑)
でも、分からないことは教えてもらえますし、自分次第で何とかなると思っています。
実際、手術室から外資系企業や医療機器関連へ転職する人、海外で活躍している人もいて、手術室からでも、本当にいろんなキャリアにつながっていくんですよね。
だから、「最初に特殊な部署へ行ったから、将来の選択肢が狭まる」ということは、心配しなくていいと思っています。
ニッチな分野に行くと、不安や苦手なことももちろんあります。
でも、自分で選んだ道なら、意外と頑張れるものだと思います。
学生のうちに大切にしてほしいこと

手術室の実習は短期間ですし、入職してみたら聞いたことのないカタカナや機械の名前ばかりで、「そんなの学校で習ってないよ!」 と思うことだらけでした。
しかも、病院や地域によって機械の呼び方まで違うんですよ。
だから、学生のうちから機械やデバイスを覚えようとしなくても大丈夫です。
それよりも大切なのは、
- いろんな人と関わること
- コミュニケーションを取ること
- 新しいことへ挑戦すること
だと思います。
「わからない時に聞ける」「チームの中で動ける」そういう土台がの方が、手術室ではすごく大事なんですよね。
“先読み”で支える手術室看護
高橋:手術室の看護師さんは、本当に先読み力がすごいですよね。先生が動く前に必要なものを準備していたり、次の展開を考えて動いていたり。実際に自分が手術室に入った時、その凄さを痛感しました。
能正:そうなんです。「次に何が必要か」「今この状況だから、次はこれかもしれない」というのを考えながら動いています。でも、それも最初からできるわけじゃないんですよね。
先生とのコミュニケーションもすごく大事で、「パッと器械を渡してほしい先生」もいれば、「そんな勢いよく渡さなくていいよ(笑)」という先生もいます。
高橋:ドラマみたいに“パシッ!”って渡す場面ですね(笑)
能正:そうです(笑)でも、そういうやり取りも含めて、「どうしたらチーム全体が一番動きやすいか」を考えながら調整していきます。
失敗した経験もたくさんあります。
でも、その経験が全部次につながっていくので、少しずつ“先読み”ができるようになっていきますよ。
部署が違うからこそ起こるすれ違い

高橋:病棟やICUで働いていると、「手術室の看護師さんはちょっと怖そう」という印象を持つ人も多いと思います。実際、術前後の申し送りは、お互い緊張感もありますよね。これは手術室に限らず、部署が変わると起こりやすいことだと思うんです。
だからこそ、これから看護師として働いていく学生さんたちに向けて、「部署が違うからこそ起こるすれ違い」について、何かアドバイスがあればぜひ聞きたいです。
能正:実際、患者さんからも「手術室の看護師さんはキリッとしてますよね」と言われることがありました(笑)
でも、看護師として見ている方向は、病棟も手術室も本当は同じなんですよね。
例えば術前訪問で、「今日こんな様子でした」 「こういう声かけをすると安心されます」
と病棟看護師さんから教えてもらえると、すごくありがたいです。
逆に手術室側も、「手術中にこういうことがあったので、ここを注意して見てほしい」ということを、必死に申し送っています。
だから、「手術室だから怖い」ではなく、「患者さんを一緒に支えている仲間」 という視点で見てもらえると嬉しいなと思っています。
高橋:手術室は、緊張感がある環境ですよね。長時間の手術や緊急手術もありますし、みんなピリッとした空気の中で動いているので、笑顔がない時もあると思うんです。でも、相手に冷たいわけではなくて、単純に緊張しているだけだったりもするんですよね。
それと「自分の知らない部署を悪く言いがち」なのは、看護師あるあるなんです(笑)
会場:(笑)
高橋:でも、部署が違えば分からないことがあるのは当たり前なんですよね。
「敵」ではなく、「もしかしたら、向こうにも事情があるかもしれない」と、相手を想像できるだけでも全然違うと思っています。
みなさんへのメッセージ
手術看護は、かなりニッチな世界ではありますが、少しでも興味がある方には、ぜひ挑戦してみてほしいです。
SNSやインスタでも、「オペ看あるある」の投稿を見るんですが、ちょっと誇張されているなと思います。
実際は、それぞれの看護師が、違う看護観を持って働いていて、手術室の中でも「そういう考え方もあるんだ」 と思うことはたくさんあります。
ただ、 “患者さんのために”という根っこの部分は、みんな共通していると思います。
看護師、助産師、保健師、企業、教育、研究…。
本当にいろんな道があると思います。
だからこそ、「自分は何をやってみたいのか」を大切にしながら、進んでいってほしいなと思っています。
参加者アンケート
トークライブ

- 実際に現役でたくさんのことを経験されてきた方達からお話を聞けてとても嬉しかったです。
- 講義ではなく座談会のような形で、リラックスしてお話を聞くことができました。MCの方が適宜追加の説明や質問をしてくださったのも、わかりやすかったです。普段の大学生活ではなかなか聞くことができない、様々なキャリアについて話を聞くことができて、非常に参考になりました。
- 様々なキャリアの積み方があるんだなと知ることができて良かった。
- 進行リズムも良く、聴講者が聞きたい!と思えるポイントを聞いてくださったのでありがたかったです。
- 実際にどのようなキャリアを辿ってきたのかというお話を聞くとこができ、自分のこの先の選択の幅が広がりました。ただキャリアを積むことが自分にとっていい選択とは限らないという言葉が特に印象に残りました。自分の決めた道なら頑張れるとおっしゃっていたため、自分のやりたいことを突き詰められるように、今は様々なことに興味を持ち、自分の関心のあることを見つけていきたいと思いました。
交流会

- 登壇者の方からのお話ももちろん自分の気になってたことを聞けて素敵な機会をいただけたなと感じたのですが、実際に看護学生の方ともお話ができてこんなふうに考えているんだなというのが共有できたことも良い経験になりました。
- 自分が考えたことのないキャリアを歩んでいる人の話を聞けて視野が広まった。
- 最初に全体でお話を聞いた後に、交流会の場があったのがとてもよかったです。少人数になることで、質問も気軽にしやすくなり、有意義な時間となりました。
- それぞれの専門分野に合わせて交流が出来たので、深いお話ができました。
- 助産師に興味があったため、現役の助産師さんとお話しすることができモチベーションが上がりました。特に開業している方のお話を聞ける機会はなかなかないと思うのでとても貴重な時間になりました。助産や看護のことだけではなく、人生相談でもなんでもと言っていただけて、今後も困ったこととかあったら連絡してと言っていただけて心強いです。直接お話しする機会はほんとに少ないので交流会で自分の聞きたいことを聞けるというのはとてもよかったです。

