ウェルフェス2026 開催報告:「知ってほしいな私のコト。」

医療や介護、福祉の現場において、支援者である専門職が壇上で語る機会は少なくありません。しかし、ご本人や家族の生の声をじっくりと聴く機会は、私たちが暮らす日常の中でどれほどあるでしょうか。

2026年5月24日、札幌エア・ウォーターの森で開催した「ウェルフェス2026」。その中での企画「知ってほしいな私のコト。」では、疾患や障害とともに、私たちと同じように喜び、悩み、前を向いて生活している2組3名のゲストが登壇しました。

「障害を知らないがゆえに、怖いと思ってしまったり、どう声をかけていいかわからなかったりする。まずは『知る』という機会を作りたい」

そんな言葉から始まったトークショー。会場には医療・福祉・介護の従事者だけでなく、一般の参加者や道議・市議会議員なども集まり、一人ひとりの言葉に深く耳を傾けました。誰もが自分らしく暮らせる街のあり方を考える、熱いメッセージに満ちた2つのストーリーを詳細にお届けします。

大山克也さん・聡子さん

最初のゲストとして登壇したのは、大山克也さんと、妻の聡子さんご夫婦です。克也さんは、気管切開を行い人工呼吸器と尿道カテーテルを装着しており、身体に合わせてカスタマイズされた大きなバギー(車椅子)で会場へ駆けつけました。

病名がわからないなかで進行する症状

お二人の日常生活が一変したのは、今からちょうど10年ほど前のことでした。克也さんが「大脳皮質基底核変性症(だいのうひしつきていかくへんせいしょう)」という、10万人に2〜3人と言われる非常に希少な難病の診断を受けたことがきっかけです。当時、克也さんは会社員として働いていましたが、最初に現れたのは「言葉が少なくなった」「お財布がいつもすっきりしている人だったのに、なぜか小銭が溜まっていく」「ATMの使い方がわからなくなったと言い出した」という、一見すると若年性認知症の初期のような症状でした。

驚いた聡子さんはたくさんの脳神経外科へ克也さんを連れて通いましたが、希少な病気であるがゆえに、最初はなかなか病名が分かりませんでした。そうしている間にも身体的な症状は確実に進行し、「足が出ない(すくみ足)」症状や「つまずいてしまう」「一度転んだら自分では起き上がれない」といった深刻な状況が次々と現れ、会社勤めを続けることが難しくなり、退職することとなりました。

当時の聡子さんには「病気だからこうなっている」という自覚も、ヘルパーさんなどの公的サービスや国からの援助を受けるという発想も知識も全くありませんでした。そのため、聡子さんが働きに出ている間、克也さんが自宅で転ばずに無事でいてくれるかどうかを毎日祈り、孤独で不安な日々がしばらく続いたといいます。

難病と仕事のバランス

その会社員時代、長年お世話になった会社は克也さんの異変に驚きつつも、勤務日数を減らしたり、身体の楽な部署への異動を融通してくれるなど、安全を考えた働き方の調整を提案してくれました。しかし、そこには良かれと思った配慮だからこその「バリア」もありました。長年慣れ親しんだ場所から新しい部署へ環境が変わったことで、克也さんは地下鉄の駅で立ち止まり、道に迷って会社に行けなくなってしまったのです。会社の好意は本当に嬉しかったものの、家族としては、一人で安全に外に出ることができないという切実な現実に直面し、葛藤を抱えることもありました。

地域でのチーム医療と夫婦の絆

そんなお二人を救ったのは、ある日受診した近所のクリニックの在宅医からの「奥さん大変じゃないかい?」という一言でした。知識がなく限界を迎えていた聡子さんに対し、その医師はすぐに上の階からソーシャルワーカーを呼び寄せて利用できる制度の仕組みを説明してくれ、その日の午後にはすべての契約が完了しました。この出会いをきっかけに生活は劇的に変化し、現在は医師、看護師、リハビリ、マッサージなど、多くのプロフェッショナルがチームとなり、在宅サービスを活用して自宅での安心な生活を支えています。

克也さんは2年前に救急搬送された際に気管切開を行い、現在は手足を自由に動かすことはできず、意思表示は瞬きや笑顔のみで行っています。人工呼吸器のアラームに気を配るため、聡子さんの夜間の連続睡眠時間は短く、24時間気が抜けない生活です。しかしお二人は、ここ最近、外出の機会を増やしています。

以前は車椅子にちゃんと座ることも難しかったのですが、リハビリの先生が股関節の訓練を粘り強く続けてくれたことで座れるようになり、むしろ呼吸器がついてからのほうが、皆さんの力を借りて外に出られるようになりました。初めての外出時にはケアマネジャーや看護師など大勢が力を貸してくれました。さらに、有資格者のサポートを受けられる「さぽんて」を活用するようになってからは、「人を頼っていいんだ」「じぶんの時間もつくっていいんだ」と思える様になり、お父様のいる日高町への遠出やエスコンフィールドの散策、さらには聡子さんの運転で小樽まで二人だけでドライブに行けるほど、自信と行動範囲を広げています。昨日も1時間ほど近所を散歩したと笑顔で語ります。

ただし、大型のバギーで街へ出るとインフラの壁に直面します。事前にエレベーターやスロープの有無を念入りに調べて札幌市内の新しい水族館「AOAO SAPPORO」に挑戦した際、地下駐車場から施設へ入るスロープの角度が急で狭く、バギーのサイズではターンが難しかった経験が語られました。また、大通公園は歩道に傾斜やちょっとした段差が常にあり、信号を渡るたびに押す側へ大きな負荷がかかるため、北海道の外歩きの厳しさも実感しています。MCの高橋は「『バリアフリー』という言葉があっても、大型のバギーでは通れなかったり、エレベーターに乗れないことがある。新しい施設を作る方々には、ぜひ当事者の声を聞いてみてほしい」と投げかけました。

今年の目標

そんなお二人の今年の目標は「デイキャンプ」。在宅医が毎年「今年は何する?」と問いかけてくれる中で生まれたこの夢は、利用している訪問サービスのスタッフや「さぽんて」のメンバーの手によって実現しようとしています。アウトドアが大好きな看護師が「呼吸器のケアはできないけれど、キャンプの設営や進行なら任せて!」と、家族を連れてサポートしてくれる予定です。

聡子さんは語ります。「主人は元々自然環境に関わる仕事をしていたので、自然が大好きなんです。私の願いは森の中で主人をハンモックに乗せること、そして美味しい焼肉を食べること(笑)。実は今月の初めに主人の意識が低下して、本当に命が危ないという状態でした。そこから奇跡的に復活して、今日こうしてここにいられます。だからもう、毎日が宝物。心あるケアスタッフの皆さんにチームで支えてもらえるからこそ、この在宅生活ができています。札幌が、障害があっても年齢が上がっても誰にとっても住みよいウェルビーイングな街になっていくことを期待して、これからもたくさん参加していきたいです」

道下夢子さん

続いて壇上に上がったのは、重度訪問介護のヘルパーとして働きながら、一人暮らしを送っている道下夢子さんです。夢子さんは高校生の時のトラブルをきっかけに、パニック障害とうつ病を発症。その後、妄想性障害を経て、現在は統合失調症という精神障害の診断を受け、当事者として日々を過ごしています。自身がこれまで経験してきた各疾患の具体的な症状について、自らの実体験をベースに語ってくれました。

パニック障害、うつ、統合失調症の症状

パニック障害については、激しい過呼吸が主な症状であり、一度発作が起きると体が痺れてしまい「このまま息が止まって死んでしまうのではないか」という強い恐怖に襲われるといいます。その経験から、次第に「またあの発作が来たらどうしよう」という予期不安に苛まれることが何よりも辛かったと振り返ります。また、うつ病の時期には思考が極端なマイナスになり、「もう死にたい」「自分なんかこの世界からいなくなってしまえばいい」と思い詰めてしまう日々が長く続きました。

さらに、現在も続いている統合失調症の症状には、幻聴や幻覚があります。かつてよく見ていた幻覚は、映画『IT』に出てくるような、あるいはマクドナルドのキャラクターを恐ろしくしたような「怖いピエロ」が突然目の前にワッと現れるものでした。また幻聴については、自分に対して非常にマイナスな罵倒や言葉をずっと浴びせられるものが聞こえてくるといいます。最初の頃はそれが幻覚・幻聴だと認識できずに混乱していましたが、症状との付き合いが長くなった現在は、「あ、また聞こえるな、見えるな。ということは今、自分の体調が落ちているんだな」と、自身のコンディションを客観的に察知するためのバロメーターとして捉えられるようになったと語ります。

精神科の閉鎖病棟

20代半ば頃までは希死念慮(死にたい気持ち)が非常に強く、精神科の「閉鎖病棟」への入退院を何度も繰り返していました。閉鎖病棟の内部について、ゆめ子さんはその特殊な環境を教えてくれました。「入院するとなると、自傷行為を防ぐために危険なものは一切没収されます。刃物はもちろん、紐がついているパーカーの紐まで全て抜かれます。部屋に個別のテレビはなく、デイルームにある1台のテレビをみんなで見るしかないので、一人で好きなエンタメを楽しむ時間もありませんでした」と語ります。

病棟内では、他の患者さんが頻繁に火災報知器のボタンを押してしまい、館内に「火事です」とアナウンスが響き渡ることも日常茶飯事だったといいます。閉鎖病棟は鍵が閉まっているため、本当に火事だとしても看護師さんに開けてもらわなければ逃げられません。過呼吸の持病があるゆめ子さんは、その騒ぎでパニックになってしまうこともありました。暴れてしまう方など様々な強い症状を抱えた人がいる環境でしたが、唯一の楽しみである作業療法の時間などを通して、他の患者さんと「あの人、最近すごく穏やかになってきたね」とお互いの回復傾向を喜び合ったりもしていました。夢子さんは「今振り返れば、様々な人に出会えて、とても貴重で良い経験をさせてもらったなと思っています」と笑顔を見せます。

医療職に対する本音

「患者さんの立場から、医療職がやりがちだけど『実はこれをされると辛い、やめてほしい』という本音はありますか?」とMC高橋から質問がありました。

夢子さんは現場のリアルな声を話してくれました。「……やっぱり、語気や態度が冷たいのは本当にお互いしんどいです。看護師の皆さんがものすごく忙しいのは重々わかっているのですが、冷たいトーンで『薬飲んだ!?』と詰め寄られると、恐怖で『ごめんなさい、今すぐ飲みます!』とすくんでしまいます。忙しい時こそ、少しだけ言葉のトーンを気にかけてもらえたら救われます」と語り、会場の多くの専門職が深く頷いていました。

就労支援と障害者雇用

病気と付き合いながら「何か資格を取らなければ」と一念発起し、介護の「初任者研修」と「実務者研修」を修得した夢子さん。しかし、一般のアルバイトの面接を何社受けてもなかなか採用されない苦しい日々が続きました。その道のりの中で、夢子さんは福祉サービスである「就労継続支援事業所」での訓練と、一般企業での「障害者雇用」という2つの働き方を経験し、それぞれに異なるメリットとデメリットを感じてきました。

まず、就労継続支援事業所に通っていた頃の大きなメリットは、当時の薬の量や自身の体調、ペースに合わせて非常に柔軟に対応してもらえたことでした。頭の中の整理がうまくできていなかった時期の夢子さんにとって、それはとても安心できる訓練の場となりました。しかしその一方で、本人の状態を最優先に配慮してもらえるがゆえに、目標設定がどうしても非常にコンパクト(スモールステップ)なものになりがちという側面もありました。夢子さん自身は「大きな目標を掲げたほうがガツガツ頑張れるタイプ」であったため、当時はそこが少し物足りなく、デメリットに感じられることもあったそうです。

一般企業で「障害者雇用」で働くメリットは、自分の実力より少し上の大きな目標を掲げ、社会の中でステップアップを目指して強いやりがいを持てる点にあります。しかしここにも、一般就労だからこその難しいバリアがありました。職場の理解が追いついていない会社では、「障害者」という偏見の目線がどうしても強く向けられてしまうことがあったといいます。たとえ上司が「働き方を一緒に考えよう」と言って調整してくれても、実際に毎日顔を合わせる現場の同僚たちがその配慮を理解し、受け入れてくれないなど、周囲の理解の格差に苦しむというデメリットも経験してきました。

現在の職場では、夢子さんの特性をしっかりと見て寄り添ってくれるため、非常に楽しくヘルパーの仕事ができています。大山さんのように「外に出たい」と願う当事者に寄り添い、一緒に外出して笑顔になってもらえる瞬間が、今の何よりの原動力です。

症状との付き合い方

精神障害は、身体障害と違って「目に見えない」という特徴があります。それゆえに、人前で頑張って元気なスイッチを入れている時に、悪気なく「全然障害者に見えないね」「いつも元気だね」と言われることに傷つくこともあると語ります。純粋に褒めてくれるのは嬉しい反面、その裏にある必死の体調管理や見えない苦しみを知らないまま、表面だけを見て軽く片付けられてしまうと、心がチクッと痛むのです。18歳で発病してから、光の刺激(青白い照明)が苦手なときはカラーサングラスをかける、周囲の雑音が辛いときは発達障害の感覚過敏用イヤマフを着用するなど、自ら情報を集めて自分だけの「生きるためのトリセツ(対策)」を一つずつ積み上げて生きています。

一人暮らしを送りながら夢に挑戦

そんな夢子さんのこれからの夢は、非常に大きくて輝かしいものでした。「目指せ、起業です!私は名前が『夢子』なので、たくさんの人の夢を応援したい。福祉の網の目を広げて、『ゆりかごから墓場まで』、すべての人が自分らしく暮らしやすい札幌を作りたいんです。大好きな札幌から、小さな夢も大きな夢も、みんなが叶えていけるような仕組みや会社を作ることが私の目標です」。

最後には、今を生きるすべての人への力強いエールでメッセージを締めくくってくれました。「今はすごく生きにくい社会だと思います。だからこそ、皆さんが朝目覚めて、夜寝るまで、ただ『今日を生ききった』ということだけで本当に素晴らしい、満点だと思います。小さな夢でも大きな夢でも、一緒に持ちながら暮らしていきましょう」。

結びにかえて:個別性を尊重し、コミュニケーションを諦めない街へ

2組3名のゲストのお話を通して、たとえ同じ病名であっても、現れる症状や、何に困り、何を嬉しいと感じるかは、一人ひとり絶対に違います。大切なのは、『この病気だからこうだ』と決めつけるのではなく、『あなたの場合はどうですか?』と個別のコミュニケーションを丁寧に取り続けることが必要です。

私たちが「知らない」という恐怖や心の壁を乗り越え、ほんの少しの関心を持って声をかけ合い、繋がっていくこと。お互いのリアルな声を知ることから、私たちの新しい地域づくりが始まります。

ウェルフェス2026 

🗓 2026年5月24日(日)11:00〜17:00 

📍 エア・ウォーターの森(札幌)

 Instagram:@well_fes_

主催

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取材者

名久井里美(なくいさとみ):理学療法士兼キャリアコンサルタント・ライター

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写真撮影

株式会社クリエイティブ・クリニック